ラーメン店「鶴麺」大西益央さんのプロフィール経歴から生き方を知る

こんにちは。ちょこざえもんです。

今回取り上げたのは、ラーメン店「鶴麺」を営む大西益央さんです。

たびたびメディアに登場する「ラーメンをこの上なく愛する一人」です。

ラーメンに魅せられた人は数え切れません。

食べる歩きで有名な人、スープにこだわるカリスマ、麺にこだわるガンコな人、味を革新することに賭けている強者(つわもの)。

このページでお伝えするのは、どこのラーメンがおいしい、誰のラーメンがおいしい、そのようなお話ではありません。

プロフィール経歴を通して、ラーメン店「鶴麺」大西益央さんの生き方を探ってみました。

どうぞ、ご覧ください。

ラーメン店「鶴麺」大西益央さんのプロフィール経歴

ラーメン店「鶴麺」大西益央さんのプロフィール経歴の中で、公表されているのは以下の通りです。

名前:大西益央(おおにし・ますお)

生まれた年:1976年

出身地:大阪

学歴:近畿大学付属高等学校1994年卒業 ⇒ 近畿大学

家族:妻、長女、長男

大西益央Facebook 

2007年

大阪市鶴見区にラーメン店「鶴麺」をオープン。

鶴麺 | Facebook

2010年

2号店「らぁ麺クリフ」をオープン。

2014年

ハワイ進出。「鶴麺 Tsurumen Hawaii」をオープン。

鶴麺 Tsurumen Hawaii| Facebook

2015年

「らぁ麺Cliff」を「TSURUMEN Oriental noodle」としてリニューアル。

(食べログ)情報

Tsurumen 大阪城北詰店 (ツルメン【旧店名】らぁ麺 Cliff)

2018年

ボストンに「Tsurumen Davis」をオープン。

Tsurumen Davis|Facebook

大西益央さんの「ドンブリ1杯の小宇宙を」

「ドンブリ1杯の小宇宙を」は、大西益央さんによる連載記事です。

公益財団法人「関西・大阪21世紀協会」のサイトに、40話掲載されています。

この「ドンブリ1杯の小宇宙を」から、大西益央さんの生き方・考え方を探ってみました。

第1話は、『初めまして。大阪生まれ、大阪育ち、大阪でラーメン店を経営する大西益央(おおにし・ますお)です。』で始まります。

この連載のスタートは、ハワイに進出したころのようです。

大西益央さんは、ハワイで水の違いを強く感じたそうです。

大西益央さんの出身地の大阪は軟水、ハワイは硬水。

このことから、『硬水である九州地方では関西風の透き通った美味しい「だし」はとれない』ことを綴っています。

また、『軟水である大阪では白濁した豚骨ラーメンは生まれなかったのです。』ともあります。

第15話のタイトルは「僕がラーメン屋さんという職業を選んだ理由」になっています。

読み進めると、こんな言葉がありました。

『ゴローと自分を重ね合わせて、ラーメンだけを武器に世界を渡り歩こうと挑戦しています。』

ゴローは、映画「タンポポ」(伊丹十三監督作品)の主人公です。

この思いは、『先日、ある大阪の飲食店オーナーさんが、ハワイに来てお話を聞く機会がありました。』にリンクしているような気がしました。

飲食店の課題は、人材不足。

「ドンブリ1杯の小宇宙を」の第15話を通して、大西益央さんの一番のメッセージは、『ラーメン屋さんや料理人を目指す人が増えたらいいなと思っております。ラーメンってこんなに夢があるんだ、ということをみんなに知ってもらいたいなと思っています。』と、これではないかと伝わってきました。

まとめ

いかがだったでしょうか。

大西益央さんは、「『鶴麺』では、従業員にいずれは経営者になることを勧めています。」と語っています。

ラーメンの作り方だけではなく、店舗のマネージメントや経理など、店舗経営に必要なスキルも身につけてもらうようにしているそうです。

大西益央さんは、「60歳まで勤め上げて定年退職し、年金で老後を過ごすことができる時代ではなくなった」ことに触れながら、

「弟子たちには、75歳まで元気にラーメン職人として働き、小さくてもラーメン店の経営者としての生き方を提案しています。」と言うのです。

ボストンでも、弟子入りを志願してくる人がいるそうですよ。

それでは本日も最後までお読みいただきありがとうました。

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