プランクトン写真家と呼ばれる峯水亮さんのプロフィールと経歴を紹介!

こんばんは。ちょこざえもんです。

写真家と呼ばれる人は、命をかけて1つのテーマに向き合うこともあります。

その姿はアスリートのようでもあり、冒険者のようでもあり、研究者のようでもあります。

今回は、プランクトン写真家の峯水亮さんにスポットを当てます。

このページでは、「峯水亮さんのプロフィールと経歴」として、「峯水亮さんがカメラを手にするようになったのは?」「プランクトンを被写体にするようになる前の話し」「プランクトンを被写体にする考えにたどりつく」をお伝えします。

峯水亮さんのプロフィールと経歴

水中写真家は、海に潜るダイビングの技術とカメラの撮影技術が必要になります。

その両方に優れていなければ、お金を稼ぐ職業としては成立しません。

そのような世界で、峯水亮さんは海の生物の中でもめずらしい存在を追いかけます。

峯水亮さんは、どのようにしてプランクトン写真家と呼ばれるようになったのでしょうか?

峯水亮さんのプロフィールと経歴を見ると、写真家になる前にダイビングから始まったようです。

峯水亮さんがカメラを手にするようになったのは?

峯水亮さんは、1970年生まれです。

出生の地は、大阪府の枚方市です。

インタビュー記事によると、海の魅力を感じてダイビングインストラクターになったのは20歳の時だそうです。

やがて、水中写真家、海洋写真家として有名な中村征夫さんや吉野雄輔さんの撮影ガイドをするようになります。

その経験を通して、峯水亮さんもカメラを手にして7年間の海のガイド生活を送ります

1997年に「峯水写真事務所」を設立して、フリーランスの写真家として、浮遊生物を中心とした海洋生物の撮影に取り組んでいます。

そして、プランクトン写真家とも呼ばれるようになります。

プランクトンを被写体にするようになる前の話し

峯水亮さんは、いくつかのインタビューで「プランクトンを被写体にするようになる前の話し」を答えています。

峯水亮さんは、海の生態系の頂点であるクジラやシャチを撮影するには敷居が高かったとコメントを残しています。

その理由として、費用がかかること、峯水亮さんがいた大瀬崎の海には大型の生き物に日常的に出会うチャンスがなかったことがなどを語っています。

そして、「株式会社United Oceans」の代表であり、「世界の果てまでイッテQ!」オーシャンズ金子カレンダー」でも知られている越智隆治さんのようには、クジラやシャチの魅力を伝えることはできないとも思ったそうです。

プランクトンを被写体にする考えにたどりつく

峯水亮さんは、初の著書である「海の甲殻類」の次に発刊する本の候補として、クラゲや浮遊生物の撮影に取り組んできました。

18年間かけて撮影したクラゲは「日本クラゲ大図鑑」(2015年)となります。

峯水亮さんは、『浮遊生物を詳しく知った上で、いつか海の生態系の頂点である生き物たちの撮影にも挑んでみようと思うようになった。』という考えにたどりついたのです。

プランクトンの写真は、「日経ナショナル ジオグラフィック写真賞」グランプリ受賞後初の写真集として『Jewels in the night sea 神秘のプランクトン』(2018年)で発表しています。

峯水亮さんのコメントには、『プランクトンがいなければそれを食べる魚たちも生まれず、魚たちを食べるクジラ、そしてクジラやアシカなどを食べるシャチも生まれてきません。』という言葉もあります。

峯水亮さんが撮影した写真は、以下のサイトで見られますよ。

Ryo Minemizu Photo Office – 写真家峯水亮オフィシャルサイト

峯水亮さんプロデュースの「Black Water Dive」のオフィシャルサイト

まとめ

いかがでしょうか?

プランクトン写真家と呼ばれる峯水亮さんは、20歳でスキューバダイビングに出会いました。やがて、海の世界の美しさを人々に伝えようと水中撮影を始めます。

そして、命の尊さと力強さをテーマにして浮遊生物の撮影をライフワークとするようになります。活動っては、児童書や教科書、テレビ番組などに写真を提供しながら、多数の著書の発表があります。

それでは本日も最後までお読みいただきありがとうました。

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