山勢拓弥(バナナペーパーデザイナー)の経歴とプロフィール。カンボジアでの活動は?

こんにちは。ちょこざえもんです。

今日は、『情熱大陸』に出演する、バナナペーパーデザイナーの山勢拓弥さんを紹介させていただきますので、ぜひ番組と合わせて最後までお付き合いください。

山勢拓弥のプロフィールと経歴

名前:山勢拓弥(やませたくや)

生年月日:1993年8月9日

出身地:東京都足立区

出身高校:明治学園高校

大学:獨協大学国際教養学部中退、現在カンボジア・パニャサストラ大学在学中

好きな言葉:歴史は私を許すだろう・行動はメッセージ・If there is a will, there is a way

職業:一般社団法人クマエ代表

特技:サッカー

出典 アセナビ公式サイト

少年時代からサッカーに明け暮れて、将来の夢はサッカー選手だというほどのサッカー小僧だったそうです。

中学は北九州市の名門「私立明治学園」に入学します。

中学時代もサッカーを一生懸命頑張り、北九州市トレセンに選ばれるほどの実力だったそうですが、顧問の先生との衝突などで、そのまま上がった高等部ではバスケ部に入部します。

しかし、ほどなくしてサッカー部に戻り、キャプテンとしてチームを引っ張り、チームを2部リーグに昇格させる原動力として活躍したそうです。

ワタクシも高校時代キャプテンに任命されましたが、悪さをしたことが学校にばれ、ソッコーでキャプテンをクビになったことがあります・・・

そんなことは置いといて、サッカー部で結果を残した山勢拓弥さんですが、サッカーでの大学進学が決まっていたのに、暴力事件を起こして推薦を取り消されてしまったんだそうです。

しかしそれには理由があって、サッカー部の悪口を言われたことで事件になってしまったそうで、自分の大好きなサッカーや部のことを言われたから、我慢できなかったんでしょうね。

その後一般入試で進学した、埼玉県にある獨協大学では、サッカーを続けませんでした。

そして大学1年生の春に、友達のお母さんがしていた古着配りのボランティアに誘われ、カンボジアで古着配りをしたんだそうです。

そのお母さんがカンボジアにたくさん知り合いがいて、その中の一人の在住者に、学校建設をするから来てみる?という話をもらったことで、夏休みに再びカンボジアに2ヶ月間滞在し、学校建設をしました。

その後一度帰国しますが、両親の反対を押し切って、大学を中退し、その活動を本格的にするためにカンボジアに戻ったんだそうです。

カンボジアでの活動

カンボジアに移住したころは、ツアー会社の社員として仕事をしていたので、きちんと給料も出ていたので、普通に生活できていたようです。

しかし、そのツアー会社で『ゴミ山』を案内していたのですが、『ゴミ山』は観光地ではないと、次第に違和感を覚えるようになっていったそうで、退職しその『ゴミ山』の近くで何かできないかと考えはじめ、バナナペーパーの製造を始めることを決意しました。

会社員ではなくなったので、生活は一気に苦しくなり、貯金を切り崩しながらなんとか持ちこたえたようですが、実はカンボジア人の彼女にも経済的にも助けてもらっていたんだとか・・・

ここで、バナナペーパーとは何なのか、まずはこちらの映像をご覧ください。

バナナペーパーとは、身(バナナ)を収穫された後に残り、ゴミとなった木の繊維を使って作られる紙です。

具体的には、ポストカードや便箋セット、しおりなどの商品にして販売しているんだそうです。

現地の方を従業員として雇うことで、雇用を創出していますが、ビジネスとしてはまだまだ成功しているとは言えないとおっしゃっています。

よく、フェアトレード・コーヒーの話題を見聞きしますが、バナナペーパーも適正な価格で先進国で販売できれば、カンボジアの方にとって夢のようなビジネスになりますね!

さらに、村の子供たちに日本語を無料で教えるフリースクールを運営していて、将来子供たちが日本語を使う仕事に就いてもらえるようにすることが目標なんだそうです。

まとめ

いかがだったでしょうか。

山勢拓弥さんが出演する『情熱大陸』は2月4日の23時から放送される予定です。

カンボジアの村の人のために尽くす若き青年を、心から応援したいと思います。

それでは本日も最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。

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