宮嶋康彦の天然たい焼きの世界とは?経歴とプロフィール&桜の写真も有名

こんばんは。ちょこざえもんです。

こう暑いと、かき氷なんかを食べたくなりますが、冷たいものばかりだとお腹を壊しちゃったりしますよね。

そんな夏の夜に、エアコンの効いた部屋でお茶を飲みながら、食べる「たい焼き」がワタクシは大好きでございます。

今日は「マツコの知らない世界」に出演する、「天然たい焼きの世界」語ってくれるという、宮嶋康彦さんにスポットを当てたいと思いますので、良かったらご覧ください。

宮嶋康彦のプロフィールと経歴

名前:宮嶋康彦(みやじまやすひこ)

生年月日:1951年

出身地:長崎県佐世保市

趣味:カメラ、天然たい焼き

職業:写真家、作家、東京造形大学非常勤講師

家族:妻(お子さんについては不明)

《経歴》

1975年 フリーランスのカメラマンとして活動を開始
1981年 標高1500メートルの奥日光に移住
1985年 プレイボーイ・ドキュメントファイル大賞受賞
1986年 東京に戻る
2008年 東京造形大学非常勤講師
2011年 立教大学非常勤講師

出典 宮嶋康彦さんFacebook

宮嶋康彦さんの作品は、文芸と写真、それぞれの富を一つにして独自の富を生み出す試みを続けている。

現世に出来した景色が関心事とのことで、自然界と人を撮影することを専らとするのだとか。

すいません、芸術的センスのないワタクシには意味が全く分かりません。

宮嶋康彦さんは奥日光に移住した理由を、東京造形大学のインタビューで語っておられます。

精神的に不安定な時期に栃木の山をうろうろしながらたどりついたのが日光だったの。

中禅寺湖の側のそば屋さんに入って「旅館の住み込みで働けばここで暮らすことが出来るよ」って言われて、即面接に行ってかみさんと二人で翌週に引っ越した。そこに半年位いたら日光市が持ってるちゃんとした家に移ることが出来て、そこで6年間暮らしたの。
風景がね、素晴らしかったこと。

標高1500メーターあるからすごくいい空気で、その空気の清浄さっていうか、清らかさっていうかね、そういうものに惹かれましたね。

ここでもし生活が出来るのであれば、もう願ってもないことだなと思った。

生まれ育った長崎とはもう丸っきり違う場所だったね。

海辺で育ってるから山に対する憧れっていうのがあったんだよね、きっと。

今でもこれからも日光に対する敬意は変わりませんね。

尊敬と敬意がありますね、土地に対する。

引用 東京造形大学公式サイト

宮嶋康彦さんは、今日のテーマである「たい焼き」だけでなく、日光の風景や桜など大自然の写真を数多く撮っていて、今まで30冊以上も本を出版されています。

たい焼きにハマったのはなぜ?

そんな芸術家の宮嶋康彦さんが、なぜたい焼きの魅力に取りつかれたのでしょうか?

たい焼きで魚拓をとるようになったきっかけは、あんこが大好きで甘党の宮嶋さんが、釣った魚を魚拓にしていたとき余った墨で、近所で買ったたい焼きで魚拓を取ってみたことだそう。
当初は洒落で居間に飾っておいて、来客が魚種を尋ねた時に言って反応を楽しんでいたそうですが徐々に日本全国のたい焼きを魚拓に取るようになったそうです。

引用 ぶらり途中下車の旅公式サイト

ちなみに、魚拓はたい焼きを買った直後に行い、墨がついた部分は干物にして保存し、残りは食べるそうです。

そんなたい焼きのを愛する宮嶋康彦さん曰く、たい焼きには2種類あり、それぞれ「天然もの」「養殖もの」と命名しています。

その違いはというと・・・

天然もの

たい焼きの金型にそれぞれ取っ手が付いていて、一匹ずつ焼くタイプのたい焼きで、昔ながらの手法

養殖もの

鉄板に5~6匹のたい焼きの型が彫ってあり、二枚の鉄板を合わせてまとめて焼き上げる方法

ということで、ワタクシたちがよく見るのは、養殖もので、天然ものは絶滅危惧種なんだそうです。

しかし、実は天然ものだろうが、養殖ものだろうが、美味しいお店は美味しいそうで、天然ものだから、養殖ものだからということで、味が違うわけではないようです。

なんと奥が深い・・・

こんな写真を見つけました。

出典 ぶらり途中下車の旅公式サイト

まとめ

いかがだったでしょうか。

ワタクシが子供のころ、最寄り駅にたい焼き屋さんがありましたが、今思えば天然ものだったのかもしれません。

味に違いはないとはいえ、やっぱり天然ものを食べたいですね。

そんな昭和のノスタルジックに浸りたい方は、ぜひ放送をご覧ください。

今夜のマツコの知らない世界は、20時57分~TBS系にて放送されます。

それでは本日も最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。

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