中島翔哉がポルティモネンセに移籍か?ポジション争いは元鹿島のあの選手?

おはようございます。ちょこざえもんです。

中島翔哉選手が期限付き移籍で、念願の欧州に挑戦することが決まりましたね。

移籍先はポルトガル1部のポルティモネンセで、意外と日本でもなじみのあるクラブです。

というわけで、ポルティモネンセの紹介と、中島翔哉選手のポジション争いについて書いていこうと思いますので、しばしお付き合いください。

ポルティモネンセというクラブ

まずは、記事の内容から

ポルトガル1部ポルティモネンセがFC東京のリオデジャネイロ五輪代表MF中島翔哉(22)
に期限付き移籍での獲得を正式オファーしたことが14日、分かった。
複数の関係者が明かした。中島も海外志向が強く、条件面での交渉が順調に進めば、新天地へ踏み出すことになりそうだ。

引用 スポニチアネックス

ポルティモネンセは、1914年に創設された、本拠地がポルトガル南部ポルティマンのクラブで、昨季のポルトガル2部で優勝し、7季ぶりに1部に昇格しました。

過去、日本人選手は元浦和のMF中村祐人(09〜10年)、現鹿島のFW金崎夢生(13〜15年)が在籍し、現在は東京Vユース出身のMF亀倉龍希(13年〜)が在籍しています。ホームスタジアムはムニシパル・デ・ポルティマン(9544人収容)です。

また、元浦和レッズのロブソン・ポンテが、テクニカルディレクターに就任しています。

さらにFC今治の片岡爽選手、小野田将人選手、長島滉大選手の3選手が練習に参加したこともあります。

ポルティモネンセでのポジション争い

《中島翔哉選手のプロフィール》

生年月日:1994年8月23日
出身地:東京都八王子市
身長・体重:164cm/64kg
出身校:・八王子市立別所中学校⇒東京都立調布南高校⇒第一学院高校
在籍チーム:東京ヴェルディ・カターレ富山・FC東京
ポジション:MF、FW
利き足:右
代表歴:U17・U19・U21・U22・U23日本代表

中島翔哉選手は、主に左サイドの攻撃的な選手で、ドリブルと思い切ったシュート、そして豊富な運動量が魅力の、テクニックにあふれたプレーヤーです。

リオデジャネイロ五輪での活躍で、ご存知の方も多いと思います。

そんな中島翔哉選手がポジション争いをするのは、以下のメンバーです。

8/13対スポルティング・ブラガ戦のスタメン

GK 33 リカルド・バルボサ・フェレイラ
DF 3 ルーカス・ポッシニョロ
5    リカルド・ペソア
15      ルモール・アグベニュー
26      ルーベン・フェルナンデス
MF 21 ペドロ・ミゲル・クーニャ・サ
11      ブルーノ・シニシウス・ソウサ・ラモス
10      エヴェルトン・ダ・シウヴァ・ペレイラ
FW 8 パウロ・エンリケ・ソアレス・ドス・サントス
90     ファブリシオ・ドス・サントス・メシアス
27     ウェリントン・ナシメント・カルバーリョ

所属選手一覧
背番号/名前/生年月日/国籍
監督/ヴィトル・マヌエル・オリヴェイラ/1953-11-17/- ポルトガル
GK 1/カルロス・ダニエル・アナスタシオ/1993-7-7/ ポルトガル
GK 22/レオナルド・ナヴァッキオ/1992-12-28/ ブラジル
GK 33/リカルド・バルボサ・フェレイラ/1989-12-3/ ポルトガル
DF 3/ルーカス・ポッシニョロ/1994-5-11/ブラジル
DF 4/ジャドソン・クリスティアーノ・シウヴァ・デ・モライス/1991-11-5/ブラジル
DF 5/リカルド・ペソア/1982-2-5/ポルトガル
DF 13/フェリペ・フランシスコ・マセド/1994-3/27/ブラジル
DF 14/エマヌエル・ハックマン/1995-5-14/ガーナ
DF 15/ルモール・アグベニュー/1996-8-15/ガーナ
DF 26/ルーベン・フェルナンデス/1986-5-6/ポルトガル
DF 30/マルセル・エンリケ・ガルシア・アウヴェス・ペレイラ/1992-10-16/ブラジル
DF 36/エドワルド・サルポング/1997-1-17/ガーナ
DF 45/イナシオ・カルネイロ・ドス・サントス/1996-1-29/ブラジル
MF 6/テオドロス・リューキ・カメクラ・パナゴプロス/1995-7-31/日本 *亀倉龍希選手
MF 7/デネル・ゴメス・クレメンテ/1992-3-13/ブラジル
MF 10/エヴェルトン・ダ・シウヴァ・ペレイラ/1992-12/1/ブラジル
MF 11/ブルーノ・シニシウス・ソウサ・ラモス/1997-3-30/ブラジル
MF 20/グスタフォ・ナシメント・ダ・コスタ/1995-3-20/ブラジル
MF 21/ペドロ・ミゲル・クーニャ・サ/1993-12-1/ポルトガル
MF 35/マイケル・オトウ/1997-11-1/ガーナ
FW 8/パウロ・エンリケ・ソアレス・ドス・サントス/1994/7/10/ブラジル
FW 9/ホルヘ・コスタ・ピレス/1981-4-1/ポルトガル
FW 19/ウィルソン・ミゲイス・マナファ・ジャンコ/1994-7-23/ポルトガル
FW 27/ウェリントン・ナシメント・カルバーリョ/1992-11-21/ブラジル
FW 28/スタンリー・エジケ・アウルム/1990-6-24/ナイジェリア
FW 70/チデラ・エゼー/1997-10-2/ナイジェリア
FW 77/ウェズリー・ダニロ・モライス・ドス・サントス/1993-4-23/ブラジル
FW 90/ファブリシオ・ドス・サントス・メシアス/1990-3-28/ブラジル

こうやってみると、ポルトガル人以外の選手は、言語的にも同じポルトガル語のブラジル人が多いのと、地理的な理由だと思いますが、アフリカの選手も多いですね。

ポルティモネンセのフォーメーションは、4-3-3のシステムを取っていますね。

攻撃陣はパウロ・エンリケ・ソアレス・ドス・サントス、ファブリシオ・ドス・サントス・メシアス 、ウェリントン・ナシメント・カルバーリョの3トップが直近のスタメンでした。

ポジション争いですが、左サイドが主戦場の中島翔哉選手のライバルは、ファブリシオ・ドス・サントス・メシアスではないかと思います。

この選手、ご存知でしょうか?

そう、元鹿島アントラーズの『ファブリシオ選手』です。

馬のたてがみのようなヘアスタイルをなびかせて決めた、天皇杯の決勝ゴールは忘れられません。

ワタクシの個人的な意見としては、ファブリシオからポジションを奪うのは、そう簡単ではないし、たぶんすぐには無理だろうと思います。

その理由はフィジカルです。

サッカーは身長でするものではありませんが、ないよりはあった方が良いと思います。

ファブリシオ選手は182㎝、中島翔哉選手は164㎝ですから、他の部分で上回らないといけません。

ですが、努力家の中島翔哉選手ですから、いずれはポジションを獲得して、活躍してくれると思います。

まとめ

いかがだったでしょうか。

今回は中島翔哉選手の移籍情報について取り上げました。

まだ正式決定ではありませんが、決まったら祝福して送り出してあげたいですね。

中島翔哉選手は母子家庭で育ったので、サッカーのために仕事を頑張ってくれたお母さんに感謝していて、その気持ちとしてなんと、一戸建てをプレゼントしてあげたそうです。

そんな親孝行な中島翔哉選手の成功を、陰ながら応援しています。

それでは本日も、お付き合いいただきありがとうございました。

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